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長崎地方裁判所 昭和56年(ワ)442号 判決

原告 峰誠一 ほか五名

被告 長崎県

代理人 小林秀和 手島奉昭 後藤俊郎 本山知 ほか五名

主文

原告峰誠一、同小川又一の訴えのうち建物の移転に伴う損失補償金の支払を求める部分を却下する。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告峰誠一に対し金六四八万円、同興梠正に対し金一六七六万七〇〇〇円、同興梠正孝に対し金四七六万四〇〇〇円、同興梠正之に対し金五九八万八〇〇〇円、同小川又一に対し金一四一〇万七五〇〇円、同嶋本寅雄に対し金一三四六万四〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五八年七月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  本案前の答弁

1  原告らの訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  長崎県知事は、昭和二一年一二月四日、当時の特別都市計画法に基づき、長崎戦災復興土地区画整理事業(その後土地区画整理法が施行されたことに伴い同法に基づく土地区画整理事業となり、名称も長崎国際文化都市建設計画復興土地区画整理事業となつた。以下本件事業という。)の事業計画を行つた。原告嶋本寅雄を除くその余の原告ら並びに訴外嶋本清吉及び同マスはいずれも別紙換地処分一覧表「従前の土地」欄記載のとおりの土地を所有しており、右各土地はいずれも本件事業の施行区域内に存在している。原告嶋本寅雄は、前記嶋本清吉、同マスの権利を承継した。また原告峰誠一、同小川又一は本件事業施行区域内に建物を所有していた。

2  長崎県知事は、原告嶋本寅雄を除くその余の原告ら並びに訴外嶋本清吉及び同マスに対し、昭和五〇年二月四日付で、別紙換地処分一覧表記載のとおり本件事業の換地処分(以下本件換地処分という。)をなし、その旨通知した。

3  本件換地処分の中には、

(一) 換地指定処分

(二) 清算金決定処分

が含まれている。

憲法二九条三項は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。」と定めている。減歩を伴う土地区画整理事業では、減少された分だけ「公共の用」に供されたものであるから、減歩された土地は「土地の収用」に該る。そうだとすれば減歩された土地につき正当な補償をなすべきである。したがつて減歩された土地について実質上全く補償しないでもよいこととなつている土地区画整理法一〇九条及び減歩された者からも金員を徴収することができることとなつている同法九四条は、憲法二九条三項に違反して無効である。

また本件事業においては、後記のとおり減歩された土地につき坪当り金三〇万円の割合による補償をなすべきであるのに、別紙換地処分一覧表「清算金」欄記載のとおりの金額を交付、徴収するとした本件換地処分は憲法二九条三項の規定に著しくかつ明白に違反するのでやはり無効である。

よつて前記「清算金決定処分」は無効である。

4  そこで、原告らは、被告に対し、憲法二九条三項に基づき正当な損失補償を請求する。

宅地の価格評定は、換地処分時の時価によるべきである。

土地区画整理事業の工事施行後は、工事による付加価値が時価に加わつているから、その分を控除すべきであるという考え方もあるが、工事の結果、土地自体が狭くなることによる価値の減少、交通量の増大、固定資産税の急上昇などの不利益も生ずるので、工事に伴う価値の上昇のみを控除するのは片手落ちである。したがつて、減歩された土地の時価そのものが原告らの損失である。

土地収用法七一条では「収用する土地に対する補償金の額は近傍類地の取引価格等を考慮して算定する」と明示し、時価に近い補償をすることとなつている。道路や河川を整備する際によく土地収用法が適用される。市街地区域の整備の際には土地区画整理法が用いられる。この場合には大体は道路や河川が整備される。すなわち土地収用法の場合は、土地が買収(収用)される。また土地区画整理法適用の場合も常に減歩の上換地が指定される。すなわち減歩された範囲においては土地の一部収用に該当する。したがつて、土地収用法適用の場合の補償金(収用価格)に比べて、土地区画整理法適用の場合の清算金の額が著しく均衡を欠く場合には「正当な補償」とはいえない。土地収用法七一条は取引事例も重視している。地価公示法一〇条によれば、土地収用法七一条で相当価格を算出するには同法に基づいて公表される公示価格を考慮すべきこととされている。土地区画整理法適用の場合であつても減歩された坪数に、公示価格を乗じて得た額位は最少限補償されるべきものと思料する。本件土地は長崎駅に近い所であるから、長崎市の公示価格(番号七―一)宝町の部分と同視してよい。昭和五〇年の宝町の公示価格は一平方メートル当り金九万七〇〇〇円である。よつて一坪では金三二万〇六六二円である。その公示価格は、一般の取引価格の六〇パーセント程度のものであるといわれている(甲第二三号証、「新しい収用補償と実際」生天目健蔵著一七六から一八四頁参照)。「正当な補償」とは、換地処分のなされた時点(昭和五〇年)の時価価格を減歩された面積に乗じて算出すべきものであり、時価とは坪当り金三〇万円が相当である。

原告らの減歩坪数は、別紙換地処分一覧表「減歩坪数」欄記載のとおりであるから、これに金三〇万円を乗じて得た額が原告らの損失である。したがつて本件換地処分により、原告峰誠一は金三七四万四〇〇〇円、同興梠正は金一六七六万七〇〇〇円、同興梠正孝は金四七六万四〇〇〇円、同興梠正は金五九八万八〇〇〇円、同小川又一は金一〇八九万円、同嶋本寅雄は金一三四六万四〇〇〇円の損失を被つた。

5  仮に土地区画整理法一〇九条、九四条が憲法二九条三項に違反していない場合は、原告らは、被告に対し、同法一〇九条に基づき、損失補償としての減価補償を請求する。

原告らの損害額は前項と同様の理由により、前項記載の各金額である。

6  仮に前二項の主張が理由がないとしても、原告らと被告は、昭和二二年二月二〇日から同二三年五月七日までの間に、本件事業について当時の特別都市計画法一六条に基づき、区画整理施行地区内における宅地の総地積に比し、一割五分以上減少するに至る時は、その一割五分を超える部分については土地所有者及び関係人に対し、勅命の定める所により補償金を交付する旨合意した。したがつて原告らは、少なくとも一割五分を超えて減歩された部分につき補償金を受ける権利がある。

7  原告峰誠一は、昭和二一年六月ころ、従前の土地上に別紙物件目録(一)記載の各建物を適法に建築して所有し、同小川又一は、同年四月ころ、従前の土地上に別紙物件目録(二)記載の各建物を適法に建築して所有していたが、本件事業に伴う原告峰誠一、同小川又一は、昭和二六年ころ、右各建物をそれぞれ自己の費用で仮換地上に移転した。

土地区画整理法七七条、七八条は、土地区画整理事業の施行者は、土地区画整理事業を行うにあたり、計画区域内の建物を移転又は除去する必要があるときはこれを移転又は除去することができるが、それに伴う損失を補償すべき旨を定めている。

また長崎県知事は、本件事業の開始にあたり、原告らに対し、昭和二一年八月一五日以前に建築許可を得て適法に建てられた建物については移転補償費を支払う旨説明した。

本件換地処分では、右各建物の移転補償を行つていない。

そこで原告峰誠一、同小川又一は右各建物の移転補償を求めるが、本件換地処分時である昭和五〇年二月時点でその価格を算出するのが相当である。ところで住宅金融公庫の昭和五〇年度の標準建築費(貸付額を決定するための当時の平均的建築費)は、

(一) 都会   一平方メートル金六万二三〇〇円(一坪 金二〇万五九五一円)

(二) 地方都市 一平方メートル金五万四八〇〇円(一坪 金一八万一一五七円)

(三) 郡部   一平方メートル金五万一五〇〇円(一坪 金一七万〇二四八円)

であり、その平均は一坪当り金一八万五七八五円である。この額は住宅金融公庫が貸付けの際に参考にするもので、実際よりは安価である。

原告峰誠一の所有していたのは住家と工場合わせて六〇・三三平方メートル(一八・二四坪)であるが、前記のとおり住家の昭和五〇年における建築費は一坪当り金一八万五七八五円であり、工場はこれにより安いと思われるが住家と工場を平均しても金一五万円を下回らない。そこで原告峰誠一の建物の損失は金二七三万六〇〇〇円となる。

原告小川又一は住家、工場合わせて七〇・九二平方メートル(二一・四五坪)を所有していたので、その損失は金三二一万七五〇〇円となる。

よつて被告に対し、原告峰誠一は金六四八万円、同興梠正は、金一六七六万七〇〇〇円、同興梠正孝は金四七六万四〇〇〇円、同興梠正之は金五九八万八〇〇〇円、同小川又一は金一四一〇万七五〇〇円、同嶋本寅雄は金一三四六万四〇〇〇円及び本件換地処分後である昭和五八年七月一一日から完済まで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  本案前の主張

1  土地区画整理事業は、都市計画区域内の土地について、健全な市街地造成の為に公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図ることを目的として、土地区画整理法の定めるところに従つて行われる事業(同法一条、二条)であるが、右事業の施行者は、当該事業に供された従前の宅地の補償として、土地区画整理事業完了後、従前の宅地とその位置・地積・土質・水利・利用状況・環境等が照応するすなわちその価値に於てほぼ同一である整理後の土地(換地)(同法八九条)を割り当て(同法一〇三条、一〇四条)、割り当てられた換地のみでは補償として不充分なときは、更に清算金を交付する(逆に過分にすぎるときは不当利得として徴収する)(同法九四条)、或いは事業施行後の宅地の価額の総額が事業施行前の宅地の価額の総額より減少した場合には、減価補償金を交付する(同法一〇九条)ことになつている。

右のとおり、土地区画整理法八九条・九四条・一〇九条は、いずれも憲法二九条三項の趣旨を土地区画整理事業に相応しく具体化した規定であつて、その合憲性に疑いを容れる余地はないものというべきである。更に、この様な手続法と実体法たる性格を持つ損失処理法(土地区画整理法)が制定されている以上は、その処理法の定めに従つて処理されるべく、これに従わない本訴請求は不適法であり、審査請求前置主義を定める法律に違反して直ちに処分の取消しを求めた場合と同様、却下すべきである(最大判昭和三五年一〇月一〇日民集一四巻一二号二四四一頁参照)。

2  ところで、土地区画整理法は、右のとおり、従前の宅地に対して交付すべき、憲法二九条三項に所謂「補償」の実現手続をその内に組込んでおり、前記換地・清算金・減価補償金の決定は施行者が行い、それに対する不服申立方法として行政不服審査法による不服申立てを認めている(土地区画整理法一二七条、一二七条の二)。

このこと及び土地区画整理法は、同じく損失補償をなすべき土地の立入等に伴う損失の補償(同法七三条)、移転等に伴う損失補償(同法七八条)の場合には、その補償額の決定及び不服方法につき、被告適格まで指示して詳細に、異なる処理方法を規定していることからして、同法は換地決定処分・清算金決定処分・減価補償金決定処分はいずれも「施行者が土地区画整理事業施行の為に公権力である整理施行権の行使としてなす公法上の処分」として取り扱つていることが明らかであつて、従前の宅地に対する補償たる意味を有する前記三つの処分に対する不服方法としては、行政不服審査法に基づく以外には、前記処分の取消を求める訴訟即ち抗告訴訟たる「処分の取消しの訴え」(行政事件訴訟法八条)のみに限つているものと解すべきである(取消訴訟の排他的管轄)。

だとすると、清算金決定処分の取消しを求めるのではなく、独自の算定基準を主張して従前の宅地の損失補償を求める部分の請求は不適法として却下されるべきである(福岡地大牟田支判昭和五五年二月二五日訟務月報二六巻五号七三〇頁、福岡高判昭和五五年六月一七日訟務月報二六巻九号一五九二頁、最判昭和五六年三月一九日訟務月報二七巻六号一一〇五頁参照)。

3  本件事業は、着手時に於ては特別都市計画法(昭和二一年法律第一九号)に基づいて施行されていたが、土地区画整理法施行法(昭和二九年法律第一二〇号)一条及び五条一項の規定により特別都市計画法は廃止され、同法に基づき施行されていた本件事業は土地区画整理法三条四項の規定による土地区画整理事業となつた。

そこで、原告峰誠一及び小川又一が家屋移転補償請求をする為には、同法七八条三項において準用する同法七三条二項若しくは三項の手続きを経る必要がある。しかるに、右原告らはこれらの手続きを経由していないものであるから、右請求は不適法として却下を免れないというべきである(松山地判昭和三五年一〇月二八日行裁例集一一巻一〇号二九七四頁、高松高判昭和三七年七月二三日行裁例集一三巻七号一三四二頁)。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

1  本件換地処分に伴う土地の損失補償について

(一) 原告らは、清算金決定処分については、すでに建設大臣に対し、行政不服審査法に基づく審査請求を行つている。

(二) 土地の一部収用が為され原告らの私有財産が侵されてからすでに三〇年を経過している。

(三) 土地収用法一三三条等には、補償金請求手続が規定されているが、土地区画整理法には清算金額に対する不服についての請求手続が規定されていない。

右の諸事情を考慮すれば、原告らは憲法二九条に基づいて、直接土地の損失補償請求ができるものというべきである。

2  家屋移転補償について

(一) 原告峰誠一、同小川又一はすでに建設大臣に対し審査請求を行つている。

(二) 原告峰誠一、同小川又一は終戦直後の材木不足、資金不足、食糧不足の時代に、被爆しながらも、本件事業に協力し、自らの費用で移転しているのに、被告は三〇年間も移転補償を放置している。

(三) 土地区画整理法七三条三項は「裁決を申請することができる。」と規定しており、裁決の申請をするか訴訟をするかは当事者の選択にまかせている。

以上の事情の場合には、行政の横暴から早急に国民を救済するために直接、訴訟による請求ができるものというべきである。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1項中、原告峰誠一、同小川又一が建物を所有していた点については不知。その余の事実は認める。

2  同2項の事実は認める。

3  同3項中、本件換地処分中に、(1)換地指定処分及び(2)清算金決定処分が含まれていることは認めるが、その余は争う。

4  同4項は争う。

土地に関する憲法二九条三項に基づく請求は失当である。

土地区画整理事業の換地処分によつて従前の土地が減歩されたこと自体に基づき、その損失補償を求めることは許されない。すなわち、公共施設の新設等のための用地としてかなりの地積が充てられることから、右事業の施行地区内の宅地は多かれ少なかれ減歩されるのが通例であるが、このような減歩それ自体によつて直ちに財産権の侵害があつたと解すべきではない。

なぜならば、このような土地の減歩は健全な市街地造成のために土地所有者等が受忍すべき財産権に対する社会的制約であり、又、土地区画整理事業によつて宅地の利用価値の増加が見込まれるのであるから、地積が減縮しても宅地の利用価値の増加により直ちにその交換価値に損失を与えることにはならないと考えられるからである。

又、換地又は換地について権利の目的となるべき宅地若しくはその部分を定め、又は定めない場合において、不均衡が生ずると認められるときは、これを是正するため金銭による清算が行われ(土地区画整理法九四条参照)、又、土地区画整理事業の施行後の宅地の価額の総額が施行前の宅地の価額の総額により減少した場合においては、その差額に相当する金額が各権利者に減価補償金として支払われ(同法一〇九条参照)、前者の制度は損失補償の趣旨をも含むものと、後者の制度は損失補償の趣旨であるとそれぞれ解されるのであつて、仮に減歩による損失があつたとしてもこれらの制度によつてその損失は填補される筋合であり、そのうえ憲法二九条に基づく損失補償が必要であると解すべき余地はない(福岡地大牟田支判昭和五五年二月二五日訟務月報二六巻五号七三〇頁、福岡高判昭和五五年六月一七日訟務月報二六巻九号一五九二頁、最判昭和五六年三月一九日訟務月報二七巻六号一一〇五頁)。

5  同5項は争う。

土地に関する土地区画整理法一〇九条に基づく請求は失当である。

土地区画整理事業の換地処分によつて従前の土地が減歩されたこと自体に基づき、その損失補償を求めることは許されない。

けだし、同法一〇九条は、土地区画整理事業を行つた結果、例えば道路公園等の公共施設用地が大幅に増加して確保されたため、宅地の総価額が施行前よりも減少した場合、すなわち「土地区画整理事業の施行後の宅地の価額の総額が土地区画整理事業の施行前の宅地の価額の総額より減少した場合」に、これは、施行者が施行区域内の権利者全員の損失において、宅地の総価額の減少額に相当する部分を収用したのと同じ結果になるので、その減少額に相当する金額を、実質的な損失補償という意味で、減価補償金として交付すべきことを定めた規定であつて、土地区画整理事業の結果、或る個人の従前の土地が減歩されたこと自体に対して、直ちに補償をなすべきことを定めた規定ではないからである。

6  同6項は争う。

長崎復興土地区画整理事業においては、戦災直後の罹災地を市民の手で復興させようとする動きが強く、市民の有志が株主となり、市民の総意による大長崎建設株式会社が設立された。その業務の目的は、事業施行区域内の土地所有者に戦災土地証書を発行し、土地の寄託を受け、県が行う仮換地業務を助け、その使途目的により適正な規模の土地を適正な位置に指定できるようにすることで、具体的には土地の売却申込、換地の希望の有無の申出及び換地予定地指定申請等の諸手続の取扱をすることであつた。

会社は一部土地所有者に戦災土地証書を発行したが、この業務は疑義が生じやすく法的にも根拠がなく、強制力を持たないため、会社の努力と市民の協力がなければその遂行は困難だったので、目的達成の見込がなくなり、昭和二四年に会社は閉鎖された。

本証書に関する長崎県知事と大長崎建設株式会社との委任関係は明らかではないが仮に長崎県知事との関係において有効であつたとしても、既に原告らは換地処分を受けており、戦災土地証書はその目的を達して、存在意義を失つたとみるべきである。

7  同7項は争う。

土地区画整理事業の必要上建物等を移転・除去したことによる損失の補償請求権(土地区画整理法七八条一項)は、公法上の金銭債権であるから、地方自治法(昭和三八年法律第九九号による改正前のもの)二三三条によつて地方公共団体の支払金にも会計法三〇条・三一条が準用される結果、五年間これを行使しなければ時効によつて絶対的に消滅することになる。

而して、原告峰、同小川の損失補償請求権は、昭和二六年頃各所有の建物を仮換地上に移転したことに基づくものであるから、五年後の昭和三一年末日頃には、時効によつて消滅したものというべきである。

第三証拠 <略>

理由

第一  長崎県知事により土地区画整理事業である本件事業が実施されたこと、原告嶋本寅雄を除くその余の原告ら並びに訴外嶋本清吉及び同マスに対し昭和五〇年二月四日別紙換地処分一覧表記載のとおり本件事業の換地処分の通知がなされたこと、原告嶋本寅雄が前記嶋本清吉、同マスの権利を承継したことは当事者間に争いはない。

第二  原告らは、本件換地処分の結果減歩が生じたことから当然に減歩分に相当する土地の収用があり、その価額に相当する損失が生じたとして、一次的には憲法二九条三項に基づき、二次的には土地区画整理法一〇九条に基づき、三次的には一割五分を超えて減歩された部分につき原告ら、被告間の合意に基づき、被告は損失補償の義務がある旨主張しているので、以下、順次検討する。

一  原告らは、まず、土地区画整理法一〇九条、九四条が憲法二九条三項に違反して無効であることを前提としたうえ、同条項に基づき被告に損失補償の義務がある旨主張している。

よつて検討するに、土地区画整理事業とは都市計画区域内の土地について公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るため土地区画整理法で定めるところに従つて行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業であつて、これによつて健全な市街地の造成をしようとするものである。そして土地の区画形質が変更されることや公共施設の新設及び事業費用の捻出のための用地としてかなりの地積が充てられることから、通常従前地とは必ずしも同一でない場所において、多かれ少なかれ減歩された宅地が換地として指定されているが、このような減歩それ自体によつて直ちに財産権の侵害があつたということはできない。なぜならば、このような土地の減歩は健全な市街地造成のために土地所有者等が受忍すべき財産権に対する社会的制約であり、また、土地区画整理事業によつて宅地の利用価値の増加が見込まれるのであるから、地積が減縮しても宅地の利用価値の増加により直ちにその交換価値に損失を与えることにはならないと考えられるからである。而して、土地区画整理法八九条一項は換地を定める場合において、換地及び従前の宅地の位置・地積・土質・水利・利用状況・環境等が照応するように定めなければならない旨規定し、いわゆる照応の原則に基づき、従前地と換地の価値が均衡するよう換地処分をなすべき旨定め、原則として換地処分に伴う損失が生じないよう配慮しているが、さらに同法九四条は換地又は換地についての権利の目的となるべき宅地若しくはその部分を定め、又は定めない場合において、不均衡が生ずると認められるときは、金銭による清算がなされるように規定し、また同法一〇九条は土地区画整理事業の施行後の宅地の価額の総額が施行前の宅地の価額の総額より減少した場合においては、その差額に相当する金額が従前の宅地の所有者及び右宅地の使用・収益権者に減価補償金として支払われる旨規定しており、仮に換地処分の結果損失が生じたとしてもこれらの規定により損失が填補されることになつているのである。してみれば、同法九四条、一〇九条はまさに憲法二九条三項の趣旨を体言した条文であつて何ら同条項に違反するものではないし、また以上のように換地処分の結果補償されるべき損失が生じたと認められる場合については土地区画整理法上その補償措置が講じられている以上、このうえさらに、原告らに憲法二九条三項に基づく損失補償が必要であると解すべき余地はない。

二  次いで原告らは、土地区画整理法一〇九条に基づき、損失補償としての減価補償を求める旨主張しているが、土地区画整理は行政講学上いわゆる物的公用負担に属するもので、土地区画整理に伴う各種処分は原則として公法上の処分と解されるところ、同法一二七条の二は、同法に基づいてした処分その他公権力の行使に当たる行為に不服がある場合には行政不服審査法による審査請求ができる(但し同法一二七条の場合を除く。)旨定めているから、特段の定めのない限り土地区画整理法に基づく処分について法律は公法上の処分として扱つており、その不服申立は、行政不服審査法に基づく他は行政事件訴訟法に定める抗告訴訟に限られるものと解される。したがつて抗告訴訟である清算金決定処分の取消しあるいは減価補償金決定処分をしないことの不作為の違法確認を求めるのなら格別、土地区画整理法一〇九条に基づいて直接減価補償を求めることはできないものと解するのが相当である。

のみならず、土地に関する原告らの本訴請求は、本件事業の換地処分によつて従前の土地が減歩されたこと自体に基づきその損失補償を求めるものであるところ、従前の土地の価額と換地の価額とを比較することなくなされた右のような補償請求が同条を根拠としては肯認しえないものであることは同条の趣旨に照らし明らかであり、この点からしても原告らの前記主張は失当たるを免れない。

三  次いで原告らは、原告ら被告間には一割五分を超える減歩部分について損失補償をする旨の合意が成立し、その証として<証拠略>の戦災土地証書の交付を受けた旨主張している。しかしながら右各戦災土地証書は大長崎建設株式会社名義で発行されており、本件全証拠によるも原告ら主張の合意が成立したことを裏付けるには足りないものである。のみならず、仮に原告ら主張の合意なるものが存在したとしても、これは当時の特別都市計画法(昭和二一年法律第一九号)一六条の定めと同趣旨のものであり、結局のところ、右合意なるものは、当時の長崎県知事において、同条に基づく補償がなされる旨を原告らを含む関係者に説明ないし確認した以上の意味はもたないものというべきである。而して同条は、関係者らの損失の多少にかかわらず一割五分以内の減歩については補償しない旨規定しており、憲法二九条三項に牴触する虞れのある不適切な条項であるとしてその後現行の土地区画整理法一〇九条(その合憲であることは前述のとおりである。)と同趣旨の規定に改正された結果現在ではその効力を失つているのであるから、前記合意なるものもその存在意義を失つたというべきである。

四  そうすると減歩それ自体を損失として減歩された地積に時価を乗じた額あるいは一割五分を超えた地積に時価を乗じた額の損失補償を求める原告らの請求はその余の点につき判断するまでもなくそれ自体失当である。

第三  原告峰誠一、同小川又一は本件事業施行区域内にそれぞれ適法に建物を所有していたが、本件事業の施行により建物を仮換地上に移転したのでその移転に伴う損失補償を求める旨主張している。

ところで土地区画整理法七八条三項において準用する同法七三条二項、三項が建物の移転に伴う損失補償を請求するためには、施行者と協議をしなければならず、協議が成立しないときは収用委員会に土地収用法九四条二項の規定による裁決を申請することができる旨規定し、さらに同法九四条九項が収用委員会の右裁決に対して不服のある者は一定期間内に出訴しなければならない旨規定していることに鑑みると、建物の移転補償については収用委員会の裁決を経ることなく直ちに出訴することはできないものと解するのが相当である。とするならば原告峰誠一、同小川又一が収用委員会の裁決を経ないで本訴において建物の移転補償を求めていることは弁論の全趣旨により明らかであるので、右原告らの建物の移転補償を求める訴えはいずれも不適法なものである。

第四  以上の次第で、原告峰誠一、同小川又一の訴えのうち建物の移転に伴う損失補償金の支払を求める部分はいずれも不適法であるからこれらを却下し、原告らのその余の請求はいずれもその理由がないのでこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渕上勤 土肥章大 加藤就一)

物件目録 <略>

換地処分一覧表 <略>

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